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釧路地方裁判所根室支部 昭和56年(ワ)1号 判決 1984年5月25日

原告

中村美保子

ほか一名

被告

広島保

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告中村美保子に対し、金一九二万六四八九円及び内金一七五万六四八九円に対する昭和五五年三月一三日から、内金一七万円に対する昭和五九年五月二六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告中村五郎に対し、金一五万八八九〇円及び内金一三万八八九〇円に対する昭和五五年三月一三日から、内金二万円に対する昭和五九年五月二六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告中村美保子に対し、金三三八万六一八九円及び内金二九八万六一八九円に対する昭和五五年三月一三日から、内金四〇万円に対する第一審判決言渡の日の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告中村五郎に対し、金二三万八八九〇円及び内金一三万八八九〇円に対する昭和五五年三月一三日から、内金一〇万円に対する第一審判決言渡の日の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下、本件交通事故という。)

(一) 日時 昭和五五年三月一三日午前一一時一五分ころ

(二) 場所 北海道根室市温根沼三〇五番地先付近道路(国道四四号線)

(三) 加害車 普通乗用自動車(釧五五み八一二三。以下、土谷車という。)

保有者 被告広島保(以下、被告広島という。)

運転者 被告土谷昭夫(以下、被告土谷という。)

(四) 被害車 普通乗用自動車(釧五五ふ四九四七。以下、藤林車という。)

運転者 訴外藤林正吉(以下、藤林という。)

同乗者 原告中村美保子(以下、原告美保子という。)

訴外中村学史(以下、学史という。)

訴外中村五子(以下、五子という。)

訴外中村学(以下、学という。)

(五) 事故の態様 被告土谷は、無免許で土谷車を運転し、前記場所において国道四四号線の東側に接する出光ガソリンスタンド(以下、本件ガソリンスタンドという。)敷地内から右国道上に進出するに際し、おりから、同所付近国道上を根室方面から釧路方面に向けて南進してきた藤林車の右前部に土谷車の右側面部を衝突させた。

(六) 受傷の内容及び治療経過

(1) 原告美保子

(イ) 右前頭部切創、左鎖骨骨折等

(ロ) 昭和五五年三月一三日から同年六月一九日まで市立根室病院に入院(九九日間)。

同年六月二六日船越整形外科病院に通院(実治療日数一日)。

同年七月三日から同年一〇月三日まで市立根室病院に通院(実治療日数七日)。

(2) 学史

(イ) 胸部打撲傷

(ロ) 昭和五五年三月一三日市立根室病院に通院(治療一日)。

(3) 五子

(イ) 頭部外傷

(ロ) 昭和五五年三月一三日から同月一七日まで市立根室病院に入院(五日間)。

(4) 学

(イ) 左膝部挫創

(ロ) 昭和五五年三月一三日から同月二七日まで市立根室病院に通院(実治療日数六日)。

2  責任原因

(一) 被告広島は、土谷車を保有し、自己のために土谷車を運行の用に供していた運行供用者である。

(二) 被告土谷は、被告広島の被用者であるところ、被告土谷は、本件交通事故当時、自己の私用のため、被告広島に無断で土谷車を一時運転し、自己のために土谷車を運行の用に供していた運行供用者である。

3  損害

(一) 原告美保子

(1) 治療費(文書料を含む。)金一三八万二一八九円

原告美保子は、前記受傷により、前記のとおりの治療を受け、右治療費として市立根室病院入院分金一三六万九五八〇円、同通院分金八六〇九円の合計金一三七万八一八九円を支出し、文書料として船越整形外科病院分、市立根室病院分各金二〇〇〇円ずつを支出した。

(2) 入院雑費 金九万九〇〇〇円

原告美保子は、前記のとおり九九日間の入院治療を受けたものであるところ、入院雑費は、一日当たり金一〇〇〇円を相当とする。

(3) 休業損害 金五〇万五〇〇〇円

原告美保子は、本件交通事故当時、旅館の賄婦として稼働していたが、本件受傷により、昭和五五年三月一三日から同年九月三〇日までの二〇二日間休業を余儀なくされた。原告美保子は、本件事故前の三か月間毎月金七万五〇〇〇円の給与を得ていたから、一日当たりの平均給与額は金二五〇〇円(75000×3÷90=2500)となり、これに前記休業日数を乗ずると、その休業損害は金五〇万五〇〇〇円となる。

(4) 慰藉料 金一〇〇万円

原告美保子は、本件交通事故により、九九日間の入院治療を含め長期間にわたる加療を要する重傷を受けたものであり、これにより被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 金四〇万円

原告美保子は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したものであるが、原告美保子が賠償を求めうる費用は金四〇万円が相当である。

(二) 原告五郎

(1) 原告五郎は、前記1(四)の藤林車の同乗者である原告美保子ら四名の父親であるが、本件交通事故により、右四名の治療等のために次のとおり支出した。

(イ) 交通費 金一一万八〇九〇円

(ロ) 宿泊費 金二万〇八〇〇円

(2) 弁護士費用 金一〇万円

原告五郎は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したものであるが、原告五郎が賠償を求めうる費用は金一〇万円が相当である。

4  よつて、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条に基づき、被告ら各自に対し、原告美保子は、金三三八万六一八九円及びうち弁護士費用を除いた金二九八万六一八九円に対する不法行為の日である昭和五五年三月一三日から、うち弁護士費用である金四〇万円に対する第一審判決言渡の日の翌日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告五郎は、金二三万八八九〇円及びうち弁護士費用を除いた金一三万八八九〇円に対する不法行為の日である昭和五五年三月一三日から、うち弁護士費用である金一〇万円に対する第一審判決言渡の日の翌日から各完済に至るまで前同割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1の事実のうち、(一)ないし(四)、(六)の事実は認める。

(二)  同1(五)の事実のうち、被告土谷が、無免許で土谷車を運転したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実は認める。

3(一)(1) 同3(一)(1)の事実は認める。

(2) 同3(一)(2)の事実のうち、原告美保子が九九日間の入院治療を受けたことは認めるが、その余の事実は不知。

(3) 同3(一)(3)の事実は認める。

(4) 同3(一)(4)の事実は不知。

(5) 同3(一)(5)の事実のうち、原告美保子が、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)(1)  同3(二)(1)の事実は認める。

(2) 同3(二)(2)の事実のうち、原告五郎が、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1  免責

本件交通事故は、藤林車を運転していた藤林の一方的な過失によつて発生したものであり、土谷車を運転していた被告土谷にはなんらの過失もなく、かつ、土谷車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものであるので、被告らは免責を主張する。

すなわち、被告土谷は、土谷車を運転し、本件事故現場東側の本件ガソリンスタンドから国道上に進出するため、本件ガソリンスタンドから国道に通ずる引込み道路上において、右前方(根室側)の安全を確認したところ、後記の高速度で根室方面から厚床方面へ南進してくる藤林車を発見したため、直ちに急制動し、土谷車の先端を車道上に一・四メートル出した地点で停止し、土谷車の先端と国道の中央線との間には一・九メートルの間隔が残されていた。しかしながら、藤林は、本件事故現場手前の国道上を、時速約一〇四ないし九二キロメートル毎時の高速度で藤林車を運転して本件事故現場にさしかかり、本件ガソリンスタンドの引込み道路上を国道に向け進出してくる土谷車を発見したが、正常な運転操作を行うことができず、あわてて急制動をかけたうえ、藤林車を道路中央線寄りに走行させることなく、却つて、右引込み道路に向けて走行させ、既に停止している土谷車に道路外側線より路端側の衝突地点において衝突させた。しかして、藤林車は、前記のとおりの高速度であつたため、衝突時において土谷ら四名が乗車した土谷車を真横に一メートル動かしたうえ、本件ガソリンスタンドの構内を約四〇メートル走行し、コンクリート壁に衝突してようやく停止した。本件交通事故は、このような藤林の無謀運転に起因するものであり、藤林が、通常の速度で藤林車を運転し、土谷車を発見した時点で正しい制動操作を行つていれば、本件交通事故は回避しえたものである。被告土谷が無免許で土谷車を運転したことと、本件交通事故との間には、なんら因果関係がない。

2  過失相殺

仮に免責の主張が認められないとしても、被告らは、次のとおり過失相殺を主張する。

(一) 原告らに対する過失相殺

免責の抗弁において主張したとおり、藤林車を運転していた藤林にも過失があつたものであるところ、藤林と原告らとの間には、次のとおりの事情があるから、原告らの損害額の算定にあたり、被害者側の過失としてこれを斟酌すべきである。

(1) 藤林は、原告美保子の友人であるが、藤林は、原告五郎から、藤林車に同乗していた原告美保子らを根室から釧路空港まで送るよう依頼され、謝礼を受領してこれを引き受けたものであるから、藤林と原告らとの間には、実質的に雇用関係があつた。

(2) 仮に(1)が認められないとしても、藤林は、専ら原告らのために藤林車を運転してやつたものであり、原告らの運行と同一に評価されるべき立場で運行に携わつたものである。

(3) 原告らは、藤林との間に以上のような事情があるところから、仮に藤林に過失があつても、同人に損害賠償を請求しうる立場にないことを自認しているところであり、損害の填補清算の関係においても、藤林は、原告らと同一に評価しうる立場にあつたものである。

(4) 原告らが、藤林に対し、損害賠償を請求した場合、原告らは、好意同乗を理由とする減額を受けるため、原告らが本件交通事故により被つた全損害の賠償を求めることはできないところである。しかして、被告らが、原告らの本訴各請求に従い、原告らが被つた全損害を原告らに賠償した場合、その後、被告らが藤林に対して行使しうる求償権の範囲は、藤林が原告らに対して主張しうる好意同乗減額の主張により制限を受けることもありうるから、以上を原告らと被告らとの関係に及ぼし適切妥当な解決を図ることが、公平の理念を旨とする過失相殺制度の趣旨に合致するというべきである。

(二) 原告美保子に対する過失相殺

藤林車の同乗者のうち、通常最も安全とされる後部運転席側の座席に乗車していた原告美保子のみが重傷を負つているが、これは、本件交通事故当時、原告美保子らが車内において悪ふざけなどを行い、原告美保子が特殊な姿勢をしていたことによるものである。

3  損害の填補(原告美保子に対し)

原告美保子は、自動車損害賠償責任保険から金一二〇万円の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2(一)  同2(一)の主張は争う。

仮に藤林にも過失が認められた場合には、被告土谷と藤林は、共同不法行為者となり、したがつて、民法七一九条により、右両名はそれぞれ原告らが被つた全損害を賠償すべき責任を負担するものであるから、被告らの右過失相殺の主張は失当である。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりである。

理由

一  本件交通事故の発生

請求原因1のうち、(一)日時、(二)場所、(三)加害車、保有者、運転者、(四)被害車、運転者、同乗者、(六)受傷の内容及び治療経過の事実は当事者間に争いがない。本件交通事故の態様は、後記二2に認定のとおりである。

二  被告らの責任原因

1  請求原因2(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。したがつて、後記免責の抗弁が認められない限り、被告らは、原告らに対し、自賠法三条に基づき、原告らが本件交通事故により被つた損害を賠償すべき責任を負うこととなる。

2  そこで、本件交通事故の態様と被告らの免責の抗弁について判断する。

請求原因1(五)の事実のうち、被告土谷が、無免許で土谷車を運転したことは当事者間に争いがなく、前記一の争いのない事実と成立に争いのない甲第一、第二号証、第三号証の一ないし六、第三号証の八、第三号証の一〇、第三号証の一四、第三号証の一六、一七、乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証の一、二、第四号証の一ないし五、第五号証、証人藤林正吉及び被告土谷昭夫本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められ、被告土谷昭夫本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件交通事故が発生した国道四四号線は、根室から厚床を経由して釧路に至るいわゆる幹線道路であるが、本件事故現場付近の右国道の道路状況は、根室方面から厚床方面に北から南に通ずる南北行車線とも各一車線のアスフアルト舗装の平担な道路であり、本件事故現場の北側において、根室方面から本件事故現場付近にかけ、左側に曲率半径約五〇〇メートルの緩いカーブとなつている。南行車道の幅員は、三・三メートルであり、外側線により、路端寄りに幅員一メートルの路側帯が設けられている。北行車道の幅員は、三・二メートルであり、外側線により、路端寄りに幅員一・二メートルの路側帯が設けられているが、この北行車道側にのみ、更に幅員一・四メートルの歩道がある。

(二)  本件事故現場付近には、国道の東側に隣接して、光商会が経営する本件ガソリンスタンドが開設されている。本件ガソリンスタンドは、南北に細長い長方形の形状をした敷地上にあり、国道東側路端から約八メートル東側に寄せて位置しており、このため、本件ガソリンスタンドの北側(根室側)と南側(厚床側)の二か所に、国道から本件ガソリンスタンドの構内に通ずる長さ約八メートルの侵入路(北側侵入路の幅員はガソリンスタンド側が六・二メートル、国道側が九・三メートルと、国道側に向けて広がる形状をなしている。)が取り付けられている。本件ガソリンスタンド内には、東北側の角に、南北に細長いほぼ長方形の形状をしたガソリンスタンドの事務所の建物が築造されており、構内に、事務所側に二基、国道側に一基の油量計が設置されている。本件ガソリンスタンドの周囲には、国道側を除く北側、東側、南側の三方に、事務所の側壁に接続するコンクリート塀が巡らされており、このうち北側のコンクリート塀は、高さ約二・一メートルで、事務所北側の側壁から本件ガソリンスタンドの敷地の北側縁に沿い国道の路端から約八メートル手前までの地点まで伸びている。この北側コンクリート塀により、本件ガソリンスタンドの構内からの、北側(根室側)国道上の視界が完全に遮断されている。

(三)  本件事故現場付近の交通規制は、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止があるが、速度規制等他の規制はない。本件交通事故当時の天候は曇りで、路面は乾燥していた。

(四)  本件交通事故の当日午前一〇時すぎ、被告広島は、被告土谷ら四名を乗車させて自ら土谷車を運転し、国道四四号線の東側に面する根室湾中部漁業協同組合事務所前の空地に車を一時駐車させ、被告広島のみが、エンジンを切らないまま降車して同事務所内に赴いた。被告土谷らは、土谷車の車内で被告広島の帰りを待つていたところ、同乗者の一人が「コーラでも飲むか。」と声をかけたことから、当時助手席に乗車していた被告土谷は、土谷車を自ら運転して、右国道に沿つて約二〇〇メートル北側に離れた場所にある本件ガソリンスタンド内の自動販売機に清涼飲料水を買いに行くこととした。そこで、被告土谷は、運転席に坐わつて土谷車を発進させ、国道上を北進して、南側侵入路から本件ガソリンスタンドの敷地内に入り、南側コンクリート塀の外側真近にある自動販売機付近に停車した。

(五)  被告土谷は、土谷車から降車して自動販売機で清涼飲料水を買い求めようとしたが、三台いずれも故障していたので、本件ガソリンスタンドから更に根室側にある飲食店にまで買いに行こうと思い立ち、再度、土谷車に乗車した。被告土谷は、土谷車を発進させ、本件ガソリンスタンドの構内を通過し、北側侵入路から国道上に進出し右折進行しようとした。この間、被告土谷は、本件ガソリンスタンドの構内を時速約二五キロメートルの速度で進行中、左後方を見たところ、国道北行車道上を北進してくる二台の車両を約一〇〇ないし一五〇メートル左後方に認めたが、土谷車において、国道北行車道上に先に進出できるものと判断し、前記同一速度のまま、北側侵入路に入り、その北側寄りを北西方向に向け進行中、同侵入路中央付近において初めて右方向を見たところ、国道南行車道上を南進してくる藤林車を約五〇メートル前方に認め、衝突の危険を感じ、直ちに急制動したが、左前輪の接地点付近が道路中央線から一・九メートル手前の位置にまで(したがつて、土谷車の左前部は、更に中央線寄りに進出している。)国道南行車道上に進出した地点において、後記のとおり左斜め前方に向け滑走してきた藤林車の右前部が、土谷車の右側面に衝突し(衝突地点は、南行車道側の路側帯上で、外側線から約六〇センチメートル路端寄りの位置付近である。)、土谷車は、衝突の衝撃により、ほぼ南側真横に一メートル動かされ、衝突とほぼ同時に停止した。

(六)  一方、藤林は、本件交通事故当時、原告美保子ら四名が同乗する藤林車を運転し、根室方面から厚床方面に向け国道南行車道上を南進し、本件事故現場手前のカーブにさしかかつたところ、進路前方約四六メートルの地点に、国道左側の本件ガソリンスタンドの北側侵入路上を国道に向け進行してくる土谷車を認め、衝突の危険を感じ、急制動した。ところが、藤林車は、右側ブレーキの利き遅れにより、左斜め前を向いた状態に若干スピンしながら、道路の左カーブより更に強い左カーブを描く形で滑走し、前記衝突地点で土谷車に衝突した(なお、藤林は、対向車線上を北進してくる車両を認めたことから、正面衝突を回避するため、ハンドルを右に転把しなかつた。)。衝突後、藤林車は、北側侵入路を通過して本件ガソリンスタンドの構内に入り、右折して油量計の間を走行し、更に左折したうえ、本件ガソリンスタンドの奥の東側コンクリート塀に衝突して停止した。

右認定事実によれば、被告土谷は、土谷車を運転して、本件ガソリンスタンドの構内から北側侵入路を通り南行車線側路側帯を横切つて、国道上に進出し右折進行するに際しては、路側帯に入る直前で一時停止して右方の安全を十分確認し、若しくは、少くとも、本件ガソリンスタンドの構内の北側には高さ約二・一メートルのコンクリート塀があり、これにより、前記(二)のとおり、本件ガソリンスタンド構内からの、北側(根室側)国道上の視界が完全に遮断されていて見通しが悪いのであるから、速度を減速したうえ、右方の安全を十分確認して国道上に進出すべき注意義務があるのに、これを怠り、時速約二五キロメートルの同一速度のまま進行した過失により、藤林車の発見が遅れ、急制動したものの、土谷車を国道南行車道上に進出させて、本件交通事故を発生させたものと認められる。してみると、本件交通事故の発生につき、被告土谷に、全く過失がなかつたということはできないから、被告らの免責の主張は採用することができない。

三  過失相殺

1  被告らは、原告らに対し、抗弁2(一)のとおり、藤林車を運転していた藤林にも過失があつたものであるから、原告らの損害額の算定にあたり、被害者側の過失として斟酌すべきである旨主張する。そこで、仮に藤林に過失が認められたとしても、これを被害者側の過失として斟酌しうるか否かにつき判断する。

前記一の争いのない事実と前掲甲第三号証の六、第三号証の八、第三号証の一〇、第三号証の一四、証人藤林正吉の証言及び原告中村五郎本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件交通事故の当日は、既に米国に留学することが決まつていた学史が、根室市内の自宅を出発し釧路空港に赴いて渡米の途につき、原告ら家族が同空港に学史を見送りに行く予定であつた。

(二)  藤林は、原告美保子と学生時代の同期生であつた関係で友人であつたものであるが、学史が留学のため渡米する旨の話を聞いたところから、自ら原告らに対し、原告美保子らを釧路空港まで送つてやる旨を申し出た。

(三)  これに対し、原告らは、当日車で行くとしても一台の車では家族全員乗り切れず、他に頼むより経済的にも好都合であつたので、藤林の申し出を受けてその旨依頼したが、その際、原告五郎は、原告美保子らを釧路空港まで送つてくれることにつき、藤林に、事後に謝礼する旨の意思でいたが、藤林との間で、謝礼を払う旨の事前の約束はなかつた(被告らは、藤林は原告五郎から謝礼を受領して原告美保子らを釧路空港まで送ることを引き受けた旨主張し、被告土谷昭夫本人尋問の結果中には、本件交通事故の当日、藤林は、日当金五〇〇〇円で運転を引き受けた旨の供述部分があるが、右供述部分は、前掲各証拠に照らしたやすく措信できず、他に原告らと藤林との間に被告ら主張の雇用関係の成立を認めるに足りる証拠はない。)。

(四)  このようにして、本件交通事故の当日午前一一時前ころ、藤林は、藤林車に原告美保子ら四名を同乗させて、原告五郎の運転する車より先に、原告らの自宅を出発した。当日、原告らは、釧路市内で買物をする用事もあつたことから、釧路市に至る途中の、厚岸郡厚岸町内の国道四四号線沿いにあるドライブインにおいて、先発した原告美保子らが、原告五郎の車を待つ予定になつていた。藤林は、本件交通事故当時、原告らの予定に従う意思のもとに藤林車を運行していたが、藤林の運転方法、態度につき、原告五郎ないし藤林車に同乗していた原告美保子らが特に指示したことはなかつた。

以上の認定事実に基づいて判断するに、民法七二二条二項に関するいわゆる被害者側の過失とは、被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいうものと解するのが相当である(最高裁昭和四二年六月二七日判決・民集二一巻六号一五〇七頁、同昭和五一年三月二五日判決・民集三〇巻二号一六〇頁、同昭和五六年二月一七日判決・裁判集民事第一三二号一四九頁参照。)。これを本件についてみると、右認定の諸事情をもつてしても、いまだ、藤林を原告らと身分上、生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者と認めることはできず、本件全証拠によるも、藤林が前記被害者側の範囲に含まれると解すべき事情は認められない。してみると、被告らの原告らに対する前記過失相殺の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、採用することができない。

2  次に、被告らは、原告美保子に対し、抗弁2(二)のとおり、本件交通事故当時、原告美保子が特殊な姿勢をしていたとして過失相殺すべき旨主張するので判断するに、前掲甲第三号証の六によれば、藤林車の後部運転席側の座席に乗車していた原告美保子は、本件交通事故発生の直前において車外を見ていたが、その後、何気なく進路前方を見た際に、本件ガソリンスタンドから土谷車が国道上に進出してきたため、本件交通事故が発生した状況を視認しえていることが認められ、本件全証拠によるも、原告美保子の本件交通事故発生時における乗車姿勢について、過失相殺すべき事情は認められない。被告らの原告美保子に対する前記過失相殺の主張は採用することができない。

四  損害

1  原告美保子の損害

(一)  治療費(文書料を含む。)金一三八万二一八九円

当事者間に争いがない。

(二)  入院雑費 金六万九三〇〇円

原告美保子が九九日間の入院治療を受けたことは当事者間に争いがなく、その間入院雑費として、少くとも一日当たり金七〇〇円、合計金六万九三〇〇円を支出したことが推認され、右推認に反する証拠はない。

(三)  休業損害 金五〇万五〇〇〇円

当事者間に争いがない。

(四)  慰藉料 金一〇〇万円

前記一の原告美保子の受傷の内容、治療経過等本件に顕われた諸般の事情を総合考慮すると、本件交通事故によつて原告美保子が被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円が相当である。

(五)  損害の填補

原告美保子が、自動車損害賠償責任保険から金一二〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。したがつて、前記(一)ないし(四)の合計金二九五万六四八九円から、右金額を控除すると、金一七五万六四八九円となる。

(六)  弁護士費用 金一七万円

原告美保子が、本訴の提起、追行を、原告訴訟代理人に委任したことは当事者間に争いがなく、本件事件の内容、審理の経過、認容額に鑑みると、本件交通事故と相当因果関係があるものとして被告らに対し賠償を求めうる弁護士費用は金一七万円が相当である。

2  原告五郎の損害

(一)  交通費、宿泊費 合計金一三万八八九〇円

当事者間に争いがない。

(二)  弁護士費用 金二万円

原告五郎が、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したことは当事者間に争いがなく、本件事件の内容、審理の経過、認容額に鑑みると、本件交通事故と相当因果関係があるものとして被告らに対し賠償を求めうる弁護士費用は金二万円が相当である。

五  結論

以上の次第で、原告らの本訴各請求は、被告ら各自に対し、原告美保子が、金一九二万六四八九円及びうち弁護士費用を除いた金一七五万六四八九円に対する不法行為の日である昭和五五年三月一三日から、「うち弁護士費用である金一七万円に対する不法行為の後である昭和五九年五月二六日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を」、原告五郎が、金一五万八八九〇円及びうち弁護士費用を除いた金一三万八八九〇円に対する前記昭和五五年三月一三日から、「うち弁護士費用である金二万円に対する前記昭和五九年五月二六日から各完済に至るまで前同割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田眞)

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